のんびり

雑記ブログです。日記、お出かけ、絵本、子育て、USJ、テレビ、家事、など。好きなことを好きなように書いています。

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人生の残り時間を考える年齢になった。転換点。

今週のお題「2024こんな年だった・2025こんな年にしたい」

 

2025年を迎えた。今日は1月8日。

今、49歳。もう今年は50歳になる年だ。

健康寿命とか体を自分の思い通りに動かせることを考えたら、残りうまくいって25年か20年、80まで元気でいられたら30年。

 

漫画「アヤメくんののんびり肉食日誌」の中に、まだ20代の登場人物の

“人間、ボーっとしてたらすぐジジババだ。”

みたいなセリフがあるんだけども、本当そう思う。

 

子供と過ごすことと、ネットを見ることを楽しんでいたら、あっという間に月日がたった気がする。

この49年と少し。

それなりに何かしてきたつもりだったけど、何もしていないなとも思う。

 

2024年の個人的に大きな出来事といえば、父が亡くなった。

父が70歳位で再婚して15年、85歳だった。

思いのほか綺麗な顔で旅立っていたので、そこが一番ホッとした。

 

母は63歳で病死しているので、これで両親はいない。

両親ともにいなくなると、自分の残り時間をどう過ごすのか考えるきっかけにもなる。

 

 

今年は、行動したいことを全部書き出していこう。

なるべく具体的にして、月日に落とし込んで、出来ないことがあっても全然いいから。

目に見えないと分からなくなる。

この年始めの、まだヤル気のあるうちにやっておかないと。

 

あと、自分を大切にしよう。

まず自分の時間を充実させないと、何もできない。

その為に、人からどう思われるかとかそんなことは気にせず、自分の気持ちを素直に優先させよう。

 

これまでは人間関係において、子供の為に我慢しないといけないこともあったが、次女も現在中学1年生、長女も次は大学生になる予定、子供にまつわる人間関係で、どうしても合わせなければいけない事もほぼない。

夫にも、気を遣い過ぎないようにしていこう。

 

なんだか新年から勝手なことばかり書いているようにも見えるが、違うのだ。

これは、自分の生き方を誰かのせいにするのではなく、全部自分の選択でやるんだぞ、と。

自分の人生には自分が責任をもつんだぞ、と思って書いているのだ。

 

そんなことで、自分の好きなことをする豊かな時間も作りつつ、好きなことを記すブログも少しでも書きつつ、この一年過ごしたいと思っている。

 

海洋堂ミュージアム黒壁の感想、感動。パート1。

今日は2022年8月に行った、海洋堂ミュージアム黒壁(滋賀県)での感動を、写真と共にお届けしようと思います!

近くで見ると、そのこだわりとクオリティに感動します。

 

まずはドドンと北斗の拳でお出迎え。

迫力満載です。国王号カッコイイ!

時代を気にしていないのがなんか嬉しい。

 

そしてなんと、チケットを買うとガチャガチャが一回出来るんです!

このケンシロウの手前にガチャガチャが並んでいました。

子供も大人も嬉しい~。

 

館長さんのご挨拶。

「入館者の皆様へ

お待たせ致しました。

新装になった龍遊館へようこそお運び下さいました。

入館された皆様に心から楽しんでいただけるように、

スタッフ一同で話し合い、一生懸命創りました。

ジオラマ制作では、世界で最初、世界一を目指してがんばります。

これからも、どうぞよろしくご支援、ご期待賜わりますよう、

心からお願い申し上げます。」

つくる、が創作の創なのがイイですよね。

 

歴史も年表で見れて、圧巻でございます。

 

トイストーリー!

ちゃんとポケモンやら、子供達にも分かるフィギュアもたくさんあります、はい。

リザードン可愛かったな。

あと最初の方はね、ウルトラマンもたくさんあったし、

ジブリ、世界名作劇場、涼宮ハルヒ、初音ミク、るろうに剣心、キン肉マン、真田幸村、ゴジラ、ダンボー、よつば、タイガーマスク、ダースベーダー、カメラを止めるな、進撃の巨人、何でもござれですよね。

 

凄すぎでしょう、阿修羅像。

創った方達、時間度外視でされていたんだろうなぁ。

いやでもそれじゃ仕事にならないし、すごいスピードとクオリティで

されていたのかな。

ただ間違いなく、めちゃくちゃこだわってますよね。

 

「創るモノは夜空に広がる星の数ほど無限にある。」

いちいちカッコイイです。

この、色々やり尽くしたかもしれないと思ってしまう現代の中で、

夢がある言葉だなと思います。

 

なんかね、下図とかもあって感動しますよ。

こうやって作ってるんですよーっていう紹介とかね。

あとね、カードをザリガニフィギュアがハサミで持ってたりしてカワイイ。

遊び心がにくい。

 

うーん、写真が重たくなってきたから、このへんで。

又載せれたら続き載せます!

まだまだ見てほしい写真がたくさんあるんですが、

生で観るのが一番感動するかと思います。

海洋堂ミュージアム黒壁、おすすめです!

 

これまで生きてきて「死ぬかと思った」瞬間

お題「これまで生きてきて「死ぬかと思った」瞬間はありますか?身体的なものでも精神的なものでも」

 

お題にのって書いてみようと思う。

40数年生きてきて、体は強くないものの特に大きな病気はしたことがないので、

今までを振り返ってみて「死ぬかも」と思った瞬間は、やっぱり

阪神大震災の地震があった朝だと思う。

 

私が当時住んでいたのは大阪なので、もっと震源地に近い場所に住んでいた人からすれば何言ってんだと思われるかもしれないが、あの時はやっぱり、

“私死ぬのかな”と思った。

 

子供の頃に川で溺れた時も、高熱で寝込んだ時も、自転車ごと川に落ちた時も、死ぬかもとは思わなかったもんなぁ。大した経験は無いけれども。

 

朝、まだベッドで寝ていたら、今まで体験したことない程揺れたんだよね。ガガガガガー!!!って。下から突き上げられるような感じと共に。

揺れてる間はやっぱり動けなくて。

その当時、私の部屋は元ベランダだった場所を改装してるから、ちょっと出っ張っていたので、もう自分の中で、これは部屋ごと落ちて死ぬんじゃないかと思ったのよね。

 

でも、揺れがおさまって部屋は落ちていないから、良かった~と思って隣の姉の部屋に繋がるふすまを開けたら、姉は本棚の下敷きに。

寒い時期で、たくさん布団被っていた上からだから無傷で済んだけど、ガラスが割れて破片が飛び散っていたから歩くのは危なかった。

 

我が家がそんな状態で、屋根瓦は落ちてる部分はあるわ、家の中はそんなだわで、きっと周りも大変な事になってるだろうと思って会社には昼から出社したんだけど、みんな結構普通に来ててビックリした覚えがある。

「おぅ、朝おれへんかったから心配したで。」とか軽く言われて。

 

なんか自分の家だけボロかったんだろうかと、少し恥ずかしくなったり。

でも後から、うちの近所はそれなりに被害が大きかったので、断層があったのかもね、みたいな話になっていた。そう思っておこう。

 

あの後、結局パート勤めだった母の会社が、地震被害の為に10万円もポンと出してくれたのに、正社員だった私の会社は何もなかったのをしつこく覚えている。

 

とにかく、今までで死ぬかもと思ったのはその時だけ。

意外と死ぬかもって思うことは少ないし、これまでそんなに危険な目にも合わず生きてこれたんだなぁと思った。

 

普通の人の日常、文章、心情は、いつの時代も面白い。だから日記も面白い。

2022年10月17日、月曜日。雨のち曇り。

私は、自分のブログはたまにしか書かないけれど、

(書きたいけどスラスラ書けない、時間がとれない、まとまらない、などの理由で)

はてなブログのトップや読者登録しているブログ、その他お気に入りのブログは、ほぼ毎日何かしら読んでいます。好きだから。

 

あと、自分のブログのグーグルアナリティクスもほぼ毎日見ています。

自分のブログの、どの記事がどれだけ読まれているかが分かります。

これを見ると「まさに今、わざわざ自分のブログを開いてくれている人がいる…!(例え1人でも)」と、毎回嬉しくなれるんです。励まされる。

 

だってそうじゃないですか。

自分は毎日更新している訳でもないし、文章も内容も分かりにくい事も多いのに、検索にしろ何にしろ、誰かが自分が書いた文章を読んでくれているかもしれないなんて、やっぱり不思議で嬉しいじゃないですか。

いや勿論、ブログを始めた頃は毎日のアクセス数に一喜一憂していました。

でも数年たってゆるく続けている今となっては、開いてくれただけでありがたい、そんな心境になっちゃいます。

 

検索で読んでもらえるのも勿論嬉しいけれど、それ以外があるともっと嬉しい気持ちになれます。

自分のブログを気にかけてくれている人がいるのか…!って。

何でもいいから何か書こう、書きたい!って思えてきます。

 

で、結構前の記事ですが、

この週刊はてなブログを読んで、日記の面白さや価値を改めて感じました。

 

なんでもない日常なのに、文章に惹かれる、面白い、味わい深い、そんな日記(ブログ)を書かれている方は確かにたくさんいて、人の日記ってすごく面白い!ってことに、共感したわけです。

 

今ね、高1の長女が古典で土佐日記や蜻蛉(かげろう)日記の勉強をしていて、

「内容は面白いの?」って聞いたら、

「面白い!古典は文法とか難しいけど中身は面白い。」っていうわけですよ。

なんかね、“あぁ、そんな昔から日記文学ってあったんだよな”って改めて感動しちゃって。

 

私、子供の頃「アンネの日記」を読んだけど、自分が一番心を動かされたのは、戦争のことよりも、アンネの思春期特有の心の揺らぎ、葛藤、そっちだったんですよね。

その少女の日常の中で、隠れ家にいなければならなかったり、ナチス、ユダヤ人の問題がある。

そこから自分がもしそんな状況だったら、と想像もする。

 

私ね、この順番が本当だと思うんですよ。

教育現場で戦争を扱う時、あまりに戦争を前に押し出し過ぎ。長くやらせ過ぎ。重い部分だけに焦点を当てすぎ。そこには必ず、普通の人の日常があったはず。

 

まず普通の人達の日常と心情があって、読む人がそこに共感する。その日常が突然、又はじわじわと、戦争に浸食される。その理不尽さを考え、心境を想像させられる。そこから又、大切な人を失くしつつも、人はどういう風に生きていったかを知る。

 

「この世界の片隅に」だって、先に1人の女性の物語があって、そこに戦争が絡んできているんですよね。

だから素晴らしいと思う。本当はこうだろうって。

そこにリアルさを感じて、いつの時代も人の感情はそんなに違いは無いから、共感して。

それで、戦争を他人事や遠い世界の事ではなく身近な問題として、考えて読めるのだろうって思います。

 

学校であれだけの時間、戦争を扱うなら、十分その順番で勉強する時間はとれるはずなんだよなぁ。

 

話、逸れました。あつくなっちゃった。

 

とにかく、読んでいて味わい深い日記って、たくさんあるんですよね。

何でもない人間模様を面白く話せる芸人さんと一緒で、なんでもない日常を読ませられる日記が特にスゴイというか。

 

普通の人の日常、文章、心情は、いつの時代も面白い。

だから日記も面白い。

そんなことをつらつらと考えたのでした。

 

コロナから、これまでのこと。 子供と自分の経過と記録。

今年はやっと、子供達の行事が少しずつ戻ってきました。

ここ2年位(2020年2月27日休校宣言~2022年3月位)、子供達は休校期間やマスク生活、学級閉鎖、行事自粛、クラブ活動自粛、給食中は前を向いて私語厳禁、等々、色々と制限され、その中で学業や受験を迎えてきました。

 

子供達の2年は大きい。

そして今も完全に元通りにはならず、続いている制限もあり、子供達も先生達も大変だったりします。

子供達は、以前はマスクをするよう指導され、それが当たり前になった頃、外では外すよう指導され、真面目な子供達を見ていると本当、身体の為とはいえ、なんだか可哀相な気持ちになってきます。

 

けれどけれど、小5になった次女はなんとか自然学校をお泊りで行けたし(元々4泊5日だったのが2泊3日に変更、それまでの2年はお泊り無しの日帰り自然学校でした)、プールも回数は少ないものの、2年振りに行われています。

高1になった長女は、高校受験はコロナに罹ったり濃厚接触者にならないかヒヤヒヤでしたが、なんとか無事に試験を受けて志望校に進み、忙しい高校生活を楽しんでいます。

友達とUSJに久し振りに行って年パスを買ったり、部活発表を文化祭でしたり、少しずつ青春を取り戻しつつあります。

このまま、無事に修学旅行に行けることを願うばかり。

 

そんな中、私と夫は何回か同じような揉め事を繰り返し、同じような言い合いをし、でもやっと少しずついい方に変わってきたかも…?というところです。

もう18年にもなるというのにね。

他人同士が一緒に暮らすって難しい。

 

今年のゴールデンウイークには、2年振りに父に会いに行くことができ(孫の名前は忘れていたけど)、この夏は、久しぶりに普通の家族旅行に行けるかも?しれないです。

ここ2年は、テントでグランピングとか、アウトドアな旅行なら年に1回位行けてた、かな?これに関しては充分贅沢ですね。

リアルあつ森で、虫や魚を捕まえる遊びも、次女はよくやりました。

 

昨日は次女とお洋服を買いに行ったら結構混んでいて、オシャレを楽しむティーンの子達を見ているとやっぱり嬉しくなりました。

これから、子供達が普通の生活を楽しめるといいな。

 

これは2021年1月頃、次女が小4の時に作った詩です。

本人はなんとなく書いたみたいですが、私には心に残った詩でした。

まさしく2021年は、まだまだコロナに翻弄された1年となった我が家でした。


“来年も、コロナウィルスの事で、いっぱいかもしれない。

その中でも私は、心はずっと真っすぐに、生きて、歩んで行きたいから、「真っすぐ」という意味で、「直」を書いた。”

 

性格的に、とても真っすぐな次女。

周りとの調和が心配な時もあるけれど、今のまま、彼女のまま、真っすぐ成長してほしいです。

 

 

子供は1冊でも強烈な読書体験をしたら、本好きになるのでは?

 

前書き

子育てをしていると、“本が好きな子になってくれるといいな”って、思ったことがある人も多いんじゃないでしょうか。

 

本を読むと頭も良くなる…なんていうのはよく言われることですが、何より

「人生が豊かになる」

気がします。

 

私は子供の頃は本は好きだったので、自分の子供には本を好きになってほしいなと思ってきました。

これは大げさではなく

「人生観を変えてくれた本や漫画とどれだけ出会えるか、は、心の豊かさに繋がる。」

と思うんですよね。

漫画も本も両方ほしい。

だって人と語り合うのも、どちらも楽しいですもん。(^-^)

 

でね、思うんですよ。

 

子供は一冊でも強烈な読書体験をしたら、本好きになるのでは?って。

種類の違う強烈さが、何回かあると尚よし。

 

だから、子供のうちに、自分で選んで、読んで、心に刺さる読書体験をさせたい。

年齢は、できれば小学生の間に一度、そういう体験がほしい。

 

親がそうさせたい場合は、読ませたい本をなんとなく目に着く本棚に並べておくか、我が子の好きそうな本を調べて選ばせてあげるか、かなと思います。

子供にとって、自分から手に取った、というのも、大きなポイントになると思う。

自分が選んだ本が、なんと、めっちゃ良かった‼っていう体験。

私の選ぶ目、凄いんちゃう?っていう。

 

あと、小さいうちから、本人のお気に入りの絵本を手元に置いてあげたり、とかでしょうか。

それが親が思う絵本とは違っても、やっぱり子供が好きな絵本がいいなぁと思います。

 

長女の場合(小さい頃から物語が好き)

現在、高校生の長女は、小さい頃からお話や絵本が好きな子供でした。

前にも、そんな話をブログに書いた事があります。

www.nonbirinodoka.com

でもこれは、誰にでも当てはまる事ではないなぁと次女が生まれてから思いましたが、その話は又後で。

そんな長女は絵本の楽しさから始まり、日本昔ばなし等から、少しずつ字だけの本にも移っていきます。

幼稚園時代は先生が読んでくれた、「もりのへなそうる」とか。

家で読んだ中川利枝子さんの「いやいやえん」は、ちょっとゾッとした、怖かったと言ってましたね。他の普通の本とは違う、と。

最初に、何がワクワクしたかといえば、王道だけど「マジックツリーハウス」。

丁度、芦田愛菜ちゃんが声優をした映画が上映されていたのも、キッカケになりました。

幼稚園ながらに少しずつしか進まないページを、私と交代交代で読んだり、読み進めていきました。小学生になってからはかなりスピードアップしていきました。

もうその後は、ほっといても自分から本を読むようになりました。

今ではすっかり有名な「銭天堂」に、「動物と話せる少女リリアーネ」シリーズ、はやみねかおるさんシリーズで更に本にのめりこみ、それからハリーポッター全巻を楽しみつくしていました。

私とも本の話をしてくれて「赤毛のアン」の物語の素晴らしさを一緒に語り合ってもくれました。

あと嬉しかったのは、自分が子供時代に読んだミヒャエル・エンデの「モモ」を勧めたら、長女から「今まで読んだことの無い感覚の本だった。凄く良かった!」と言ってくれた事でした。

 

最近は話題になった本等、色々読んで現在に至ります。

 

次女の場合(小さい頃はそこまで本が好きではない)

次女は、長女と比べたら、そこまで物語好きではなかったと思います。

読みたがる絵本も間違い探し等、どちらかというと、遊んだり見て楽しむ絵本が多かったかな。

それが小学生になってから少しずつ、字だけの本もゆっくり読むようになってきました。

好みが長女とはまた違って、そこが面白いです。

「大造じいさんとガン」とか、割と渋くてカッコイイ話が好きです。

次女は、中学受験するかは分かりませんが、今は塾に通っているので、国語の問題で色々な文章や本に触れる機会があります。

ちょっと難しいものもあるけど、面白い本の抜粋が多いんですよね。

続きが知りたくなる。ここが分岐点かも、と思います。

それで、続きを読みたい本を買うようになります。

長崎夏海さんの「空にふく風」、説明文で読んだ理科系の本、最近で彼女のお気に入りは重松清さんの「口笛番長」。

この「口笛番長」が今のところ彼女が一番好きな本のうちの一冊です。

一生懸命、私に音読してくれる姿が可愛いのです。

次女はこの本の登場人物で最初嫌いだった子を、途中から好きになるんですね。

本の登場人物だからそうなれる部分もあるけれど、成長を感じて嬉しかったんです。

ちなみに私はまだ音読で途中までしか聞いていませんが、プロローグが良かったです。

次女いわく、最後まで読めばエピローグが更に良いそうです。

このまま、どんどん本を好きになっていってくれたらな、と思います。

 

自分の場合

そんな次女の姿を見て、私も子ども時代を思い出しました。

私の場合は、小学校の教室文庫にあった灰谷健次郎さんの「プゥ一等あげます」で感動して、本ってすごく面白い!って思ったんです。

そのあと、灰谷さんの本を読んで分かったんですけど、これでもか、これでもか、これでもか、ウォー!と泣かせにかかる部分があります。きっと分かってくれる方もいるはず…。

子供の頃から、大人になってからもですが、色々な種類の本との出会いがね、やっぱり大事ですよね。

その後は本が好きになって図書館に借りに行ったりして。

「七つの人形の恋物語」も好きになりました。

作者は「ポセイドン・アドベンチャー」のポール・ギャリコです。

夫と会った頃、この映画が大好きと聞いて、おおってなりました。

 

高校生では先生が授業で中上健次さんや、吉本ばななさん、山田詠美さん、フィリップ・k・ディックの本などを扱ってくれたので、それも自分にとっては世界が広がったなぁと思います。

他は、河合隼雄さんが書かれた文章は面白いなぁなんて感動しました。

 

周りの大人の対応

子供が何かの本や読み物に感動して話してくれた時、お父さんやお母さん達は、ぜひ興味を持って聞いてあげてほしい、です。

あまり関心が無かったり忙しかったとしても、興味があるフリでもいいから。

私は当時、母に話して、私も次女のように音読して聞いてもらったりしましたが、母の反応は薄かったんですよね。

「いい話だね」で終わったような…。

忙しいから仕方なかったのかもしれませんが、もうそれ以上、あまり母に本の話をしても仕方ないなと思うようになった気がします。

だから次女には、とことん付き合ってあげたい。

それは、あなた自身にも興味があるよ、という事になるし。

あなたが好きなもの、感動したものを知りたいよ、という事になると思います。

子供はそれが嬉しくて又話したくなるし、又好きな本を探したくなるもんです。

本を好きになりかけた子の話を、聞いてくれる大人がいてくれたらいいなと思います。

 

子供とおしゃべりする時間は幸せ。

日常で感じたことの記録と日記。

 

昨日の日曜日は小4の次女とショッピングに行きました。

小さくなってきた靴やらを買いに。

 

車よりも電車で行こうということになりました。

秋の気持ちいい空気を感じながら2人で色々おしゃべりして最寄り駅まで歩くのは、ありふれているけど心地よくて幸せな時間です。

 

こんな会話がありました。

次女の語彙が少しずつ増えてきたなぁと思った内容でした。

 

私:あれは10月の上旬だったと思うよ。

次女:じゅうじゅん…?

私:上旬。10月の始めの頃。中頃が中旬。後半が下旬っていう言い方をするんだよ。

次女:ふぅん。8月の中頃はお盆っていうのにね。不思議。

私:あー。あれは行事というか…。祝日とかお正月とかと同じで日本の文化というか…。ご先祖様が帰ってくる時期だからね。

8月でもいつでも、上旬、中旬、下旬って言い方は使うよ。

次女:そうなんだ。

私:ちなみに、次女がさっき言った「じゅうじゅん」っていう言葉もあるよ。従うに順序の順と書いて、従順。素直に従うっていう意味だよ。

次女:へぇ。次女は従順?(^^*)

私:うーん(笑)、そうだね。従順な時もあるし、納得のいかないことにはとことん食い下がるところもあるよね。

次女:ふぅん。(ショボン)

私:従順なばかりが良いことじゃないよ。ママは、長女も次女もちゃんと自分の意見を持っていて、それをハッキリ言えるところが凄く好きだよ。

次女:ふぅん。(^^)

 

小4って、色々な言葉や知識が入っている途中で、

「え?そんな事知ってるの!いつの間に?」

と思うこともあれば、

「あれ?この言葉はまだ知らなかったんだ!」

と驚く事もあって。

ところどころ、普通の言葉が穴から抜け落ちているというか。

 

面白いなと思う反面、親の責任も感じるんですよね。

次女は小さい頃少し大人しかったので、それをいいことに私は次女との会話をサボっていたなと思う時期がありました。

2~3歳頃かな。一番大切な時なのにね。

途中で“良くないな”と思って、意識して会話を増やしましたが、やっぱりまだその頃の反省があるというか。

子供との会話はすごくすごく大事だなぁと感じるんですよね。やっぱり。

 

知識、語彙力、コミュニケーション能力、思考力。

どんな言葉や言い方が人を傷つけるか、又は喜ばすか。

自分はどんな風に話を聞いてもらったら嬉しいか。

会話中の表情や話し方、声色や動作から、相手の感情をなんとなく感じ取れるか。

どういう風に説明したら、相手が分かりやすいのか。

 

やっぱり、人と人とが顔を合わせて直接話すことから学ぶこと、知ることって、凄く多いんだなと、改めて感じた一日でした。

 

ま、ほとんどどうでもいい話をしてるんですけどネ!

最近はもっぱら「あつまれ、どうぶつの森」の大型アップデートの話。

いやぁ、楽しみ!!

私がTV番組「プレバト」にハマる10の理由

はてなブログ10周年特別お題「私が◯◯にハマる10の理由」

レッドスター欲しさにキャンペーン企画に乗ってみました!

 

私がTV番組「プレバト」にハマる10の理由

ダウンタウンの浜ちゃんが司会をしている有名な人気長寿番組。(^^)

昔から好きで、子供と楽しんで真剣に見ています。

 

1.大人の真剣な部活!みたいな感じが滅茶苦茶好き

私が一番好きな理由はこれでしょうか。

とにかくタレントさん達が真剣に取り組んで成長していく姿に感動します!

皆さん、マジメ!

梅沢さん、東国原さん、千原ジュニアさん、フジモンさん、くっきーさん、中田さん、フルポン村上さん、等々など……。

皆さん子供のように、褒められたら目を輝かせて喜び、成長を認められなかったら心底ガックリする。

番組のコンクールに名前があがる人はきっと全員、プライベートもプレバトの課題のことをずっと考えているんだろうな~と感じますもん。

人が人に影響されて頑張って成長する姿って、運動部でも文化部でもアニメでも感動する~。

 

2.知らない世界の面白さを教えてくれる

私はやっぱり俳句コーナーが一番好きなんですが、説明されて初めて面白さが分かるものってたくさんあるじゃないですか。

俳句、全然詳しくないのでいまだに説明されないと分からない俳句だらけなんですが、1つの俳句で、色々な感情や思い出、五感を呼び覚まされることに、本当に驚きます。

俳句以外のコーナーも、そうなんですよね。

先生達のアドバイスやお手本を見て、なるほどーって感じる時の心地よさ、ですかね。

 

3.浜ちゃんが生き生きと司会をしている

番外編でも良かったんですが、やっぱり司会が浜ちゃんなのは大きいのかも。

スピーディーに小気味よく進行します。

言葉を武器にする芸人さんだけあって、俳句の修正には割と正解を言い当て、後輩からいじられたり。

特にやっぱり浜ちゃんと梅沢さんの絡みは好き。この間は梅沢さん、浜ちゃんからメガネを指で刺されていましたね。

梅沢さん、好きなんですよね~。

昔からテレビでお料理上手な部分を披露したり、本当に才能豊かで努力家。

カッコイイし、ご自分を可愛くお茶目に見せる方法を知っていらっしゃるな!って感じます。有能な役者さんですよね。

 

4.観た後、心に残るものがある

番組を観た後も、何回も作品を思い出したり感じ入ったりする、数少ない番組です。

長女もプレバトが好きなので、二人で「あの作品が好き!良かった」なんて話す時間は幸せです。

 

俳句コーナーの面白さ

5.俳句の夏木先生が良い

やっぱり俳句の先生が良い。この先生に認められたら嬉しくて、頑張ってしまうんでしょうね。国語の教師もされていたとか。

私はこの番組で、修正前の俳句と修正後の俳句を載せた本をぜひ出版してほしい!

絶対買います。

 

6.季語が美しい!

俳句の季語って、こんなに美しい言葉がたくさんあるんだなと、この番組で知りました。

 

7.17音で1分ほどの映像が思い描ける凄さ

こんな短い俳句で人の心を揺さぶったり感動させたりできるって、凄い。

文字の芸術は言葉以外のものをいかにリアルに感じさせることができるか、なんだな~と改めて感じましたよ。

 

8.出演者の感性に感動する

どんな作品も、作る人の個性が出るんだなって思います。

梅沢さんは王道で色々な形や心情を見せてくれるし、東国原さんはゾッとするような怖さやトリッキーな見せ方をしてくれるし、村上さんは見てる方も感情移入しやすい身近な出来事を切り取ってくれるし。ふじもんさんはすごく可愛らしい俳句の世界を作るし。

あとあと、子供の頃の思い出や、その人の普段の生活、そんな有名人たちの人間性や感性に触れるのはホント楽しいし心動かされます。

 

水彩画コーナーの面白さ

9.タレントさんの絵の表現力に感動する

とにかく、皆さん上手い。

でも絵って、見る人の好みもあるし難しいじゃないですか。

私は絵を見るの、凄く好きなんですが、好きな絵って何かって考えた時、ずーっと見ていられる絵がやっぱり好きな絵だなと思うんですよ。

この間から、ナイツの土屋さんの絵はずっと見ていられる、好き!て思いました。

感動したのは土屋さんが2回目位に出演された時、

「ぼく、絵を描く対象を好きになったり、思い入れがないと描けないし描く気になれないんですよ。」

みたいな内容の事を仰って。

その言葉通り土屋さんの絵には、想いが伝わるというか物語が見えそうというか、とにかくあったかいんですよね。

もちろん、光宗さんや道子さん、全員の絵や努力にも感動します!

 

10.何か始めたくなる

見ていると、自分も趣味的なことを始めたくなる番組です。

我が家では色鉛筆画をしたことがあります。始めやすいから。

 

番外編

その他のコーナーもいい!

消しゴムハンコ、絵手紙、和紙ちぎり絵。も、好きです。絵繋がりですね。

最近はバナナアート。子供達が早速やってました。

 

昔やっていた「リズムに合わせるダンス」とかも良かったんですけど。

長くやるのは難しいのかな。

 

短めに収めようと思ったのに、長くなりました~。

 

 

親の役目の変化、を感じた夜のこと。大きくなったら、親ができることなんて大して無いよなぁ。

長女、1学期の期末テスト真っ只中。

ついこの間、中学生になったのに、もう受験生だなんて早過ぎる。

 

入学したての頃は中学生活になかなか慣れなくて、ぐったり疲れて帰ってきていました。

定期テストも学校の課題やワークに追われて、自分でテスト勉強する時間をとるのも難しく、1年生の間は私と2人で計画をたてたり、一緒に勉強してみたり、数学の思考問題を解答用紙を見ながら教えたり…。

でも3年生の今は、難しい数学の問題もとりあえず解答を見れば自分で理解できるようになり、逆に私が、中1以降は勉強を教えるのも難しくなり…。

長女は塾に通い出し、私が勉強面で直接出来ることは進捗状況を時々聞くことと、長女と会話すること、位になってきました。

 

それでもね、私にたまに様子を見に来てほしいと言うから、部屋に時々行くんですけど、やること無いんですよね。

私は長女にくだらない話をふって笑ってるだけなので

「ママ、ここにいる意味ある?かえって邪魔じゃない?」って私が聞いたら、

「いてくれるだけで安心する」と。

 

うーん、普通は親が部屋に近づくのも嫌がるお年頃だろうに、ありがたい事ですなぁと思いつつ、何もしないのもなぁと考えていたら…。

長女がやたら切り貼り作業をしているんです。

聞くと、前回の社会の実力テスト直しを提出する為、まだ貼っていなかった表や資料の縮小コピーを切り貼りしているんだとか。

「ママ、それなら出来るからやろうか。その間、少しでもテスト勉強に時間を使いなよ。」

「いや、悪いよ…。」

「いいよいいよ。それで長女のテストが1点でも上がるなら(笑)」

「そう?じゃあ…ありがとう。」

 

過保護発動。私は久々に何か手伝ってあげられることが少し嬉しく、

「こんなん大変だよね。間違い直しだけでいいのにね。先生もコピー用意するの大変じゃんね。」

なんて話しながら、もたもたと切り貼りしていました。

 

それをしながら、なーんかもう私が得意な顔して、子供に何かを教えてあげられることって、ほとんど無いよなぁって。

経験的なことはあるかもしれないけど、経験ってやっぱり自分でして学んでいくものだし。

 

赤ちゃん時代はみんなみんなお母さんが世界の全てで。

私も初めての子育てに余裕は全く無かったけど、

「あぁ、誰かにこんなに必要とされたことは生まれて初めてだなぁ。仕事なら私の変わりはいくらでもいるけど、この子は私じゃないとダメだと泣いてくれるんだよなぁ。可愛いな。私が出来ることなら何でもしてあげたいな。」

なんて感激したんですよね。

 

よく、優秀な人がでると親にインタビューしたりするじゃないですか。

でもあれ、やっぱり本人に聞いた方がいいのになって、最近思って。

勉強やスポーツで偉業を成し遂げた人に、親にしてもらったから頑張れたことを聞いてみたい。

だってね。親が思ってることと子供が思ってることは、ズレがあるかもしれないしね。

 

最近は、自分なんか特に、親が出来ることなんて環境面や経済面、ご飯を作ること以外(これだけでも夫婦2人で精一杯だけど)、大して無いよなーって。

結局自分の能力を見極めてどこまで頑張るかも本人が決めることだし。

 

十五歳の長女が勉強する後ろ姿を見ながら、私も少しずつ子離れしなければ、としみじみ思った夜でした。

 

 

中1国語の教科書、印象的な物語とセリフ。「あたかもしれない」「つまり君はそんなやつなんだな」

注:学習に役立つ内容ではありません。

 「花曇りの向こう」瀬尾まいこ 

 おばあちゃん『おなか痛いんやったら、梅干し食べとき。』

この話は、親の都合で転校が多かった男の子が、中1からおばあちゃんの家に引っ越してきた物語です。

まだ学校に馴染めないナイーブな主人公と、ガサツなおばあちゃんとの会話が印象的。 自分の子と義父のすれ違いコミュニケーションを見ているようで、ちょっとハラハラする。

ばあちゃん『そこ、胃じゃなくて腸や。』

ばあちゃん『転校なんて、明生、慣れたもんやろ。』

 

でもおばあちゃん、もちろん嫌な人ではなくて。

長女:このおばあちゃん、長谷川義文さんの絵本『おかあちゃんがつくったる』のお母さんをを思い出すんだよねぇ。

私:分かる!アレ、サラリーマンのおっさんかっていう所の読み聞かせする時、笑うんこらえるん大変やった。途中、ご飯が砂の味になったとこは切ないんやけど、最後お母さん全然めげてないしな。

長女と本や漫画の話をするのは楽しいです。

 

 「星の花が降るころに」安藤みきえ

 戸部君『おまえは俺を意外とハンサムだと思ったことがーーあたかもしれない。』

これも中学生のお話。主人公は小学校時代の親友と、ちょっとしたすれ違いで距離が出来てしまったが、また仲良くしたいと思っている。

同級生の戸部君は明らかに主人公の女の子が好きなのに、彼女は全く気付いてない。どころか、うざがっている。

主人公『なんで戸部君はいつも私にからんでくるのか。なんで同じ塾に入ってくるのか。なんでサッカー部なのに先輩のように格好よくないのか。』

いや、最後ただの悪口。

戸部くん、頑張れー!

 

 「少年の日の思い出」ヘルマン・ヘッセ

 エーミール『そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな。』

少年の頃、ちょう集めをして展翅(てんし)の趣味があった主人公の思い出話。

やー、これはぜひ長女に授業でやってほしかったのに、休校期間で受けられなかったんだよね。

手と心にざらっと残る触感。後味の悪さ。さすがヘルマン・ヘッセ。

ここまでじゃなくても、多くの人が成長過程に似た経験や感情があって。

お母さんの『おまえは、エーミールのところに行かなければなりません。』っていうセリフも、静かで毅然としてていいんだよね。

【そのとき、初めて僕は、一度起きたことは、もう償いのできないものだということを悟った。】

覆水盆に返らず…。罵倒された方がまだマシ。

後から何を言っても事実は変えられず、どうにもできないことを知る瞬間。

このジメっと感がいいよねー。

 

追記

昨日ね、長女と国語の教科書の話をしてて、なんか笑って盛り上がったので書きたくなったんです。

国語の教科書からどんどん物語や小説は減らされていくらしいですが、教室で同級生と印象的な小説を味わうっていうのは結構いいものだから、物語も残しておいてほしいなと思います。

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